FC2ブログ

赤いペリカンが空に舞う、「ジェット化」練習機ジェットプロヴォスト

赤いペリカンが空に舞う、「ジェット化」練習機ジェットプロヴォスト
↓良かったらクリックをお願いします

にほんブログ村 科学ブログへ
にほんブログ村にほんブログ村 その他趣味ブログ 航空・飛行機へ
にほんブログ村
大幅大胆ジェット化練習機ジェットプロヴォスト
(大幅大胆「ジェット化」練習機ジェットプロヴォスト)
赤い矢のライバルだった赤いペリカン
英国のエアロバティック・チーム(Aerobatic Team)の老舗レッドアローズ(Red Arrows)は有名ですね。そのライバルが「赤いペリカン」ことレッドペリカンズ(Red Pelicans)と言うアクロチームでした。1973年オイルショックのため解散しましたが。いずれもRAF Central Flying Schoolの所属です。




レッドペリカンズ編隊飛行
(レッドペリカンズの編隊飛行)
ペリカンはやがて真っ赤な衣装に
レッドペリカンズご愛用のヒコーキは「真っ赤なペリカン」、ジェットプロヴォスト(BAC Jet Provost)です。1958年The Sparrowsとして発足、やがて塗装も真っ赤になってレッドペリカンズと改名、RAF(英国空軍)の正式エアロバティック・チームになりました。そのレッドペリカンズの乗機が今回の主役、ハンティング・パーシバル社(Hunting Percival 以下、ハンティング社)のジェットプロヴォストです。

空飛ぶ赤いペリカンの動画ありました
こんな楽しいユーチューブもあります。真っ赤な衣装に着替えてからのレッドペリカンズのジェットプロヴォストの編隊飛行です。ユーチューブURL:https://www.youtube.com/watch?v=idtQj1407xM
(リンク貼っていませんのでコピペでご訪問ください)


エアロバティックにもぴったり!と、赤いペリカンに
ジェットプロヴォストは信頼性、安定性、安価な運用コストなど練習機としての美点を十分備えています。加えて高い機動性と適切な速度は曲技飛行、エアロバティック飛行チームの乗機にもぴったり。レッドペリカンズの使用機として長く愛されました。

ジェットプロヴォスト RAF博物館downsize
(ジェットプロヴォスト; ロンドンColindaleのRAF博物館に居ました)
「ジェット化」初等練習機
ジェットプロヴォストはジェット練習機と言うより「ジェット化」練習機なんです。その前身は戦後のレシプロ固定脚のプロヴォスト(Percival Provost)です。
同じく初等練習機、かわいいシマリス、チップマンクの過去記事はこれです↓(クリックで飛びます)
妙にかわいい♡、デ・ハビランドのシマリス、chipmunk

一気にアップデート、近代化
プロヴォストからジェットプロヴォストへのアップグレードは、1)エンジンのジェット化、だけでなく、2)固定脚→引込脚、3)尾輪式→首輪式、4)射出座席導入、など近代化が図られました。主翼さえ改設計、リニューアルされています。

速度倍増でも大戦レシプロ機並みに遅いジェット機
最大速度はプロヴォストの時速320 kmからジェットプロヴォストでは2倍以上の時速708 kmに向上なんですが、いくら練習機とは言えジェット機なのに大戦中のレシプロ戦闘機並みの速度です。いったいどうゆうことでしょうか?

チップマンクとジェットプロヴォストdownsize
(チップマンクとジェットプロヴォスト; RAF博物館にて)
「これがジェット機だよ」
はい、それも織り込み済み。どうせ最後はジェット戦闘機に乗るんだから、それにこれは最初に乗る初等練習機なんだから、高性能より「初めからジェットに慣れる」ことが優先だったんです。

安易にジェット化は出来ません
ジェットプロヴォストは一見「ジェットエンジンも使えそうだし、この際、換装してみっか」みたいなノリで「ジェット化」したように見えますが、実は前身のパーシバル社はプロヴォスト開発当初から将来のジェット化を見込んだ設計だったんだそうです。戦後、各国でレシプロ機のジェット化や混合動力機が試されましたが、ちゃんとモノになったものは皆無だったことを考えると卓見です。

ジェットプロヴォストの機首downsize
(ジェットプロヴォストの機首)
大好評、となりに座る教官
共に1954年初飛行と同期の米空軍ジェット練習機セスナT-37もそうですが、プロヴォストの、そしてジェットプロヴォストの美点の1つが並列複座、サイド・バイ・サイドの座席配置で好評を得ました。操縦装置も左右2セット用意され、これなら「手取り足取り」で教官と練習生のコミュニケーションがスムースですね。

並列複座の伝統プロクター
練習生と教官が並んで乗る並列複座の源流は、1939年に初飛行し戦中に使われたパーシバル社の3人乗り連絡機プロクター(Percival Proctor)で、1143機も製造されました。プロクターは練習機としても使われましたからパーシバル社(後のハンティング社)は並列複座練習機のノウハウを持っていたんでしょうね。

黒衣のツカノDuxford IWM dwonsize
(飛行チームの黒衣のツカノDuxford IWM博物館にて)
ジェット化簡易版なのに大ヒット
ジェットプロヴォストはジェット化簡易版なのに半世紀近く広く使われた大ヒット練習機でした。1954年6月に初飛行したジェットプロヴォストは1955年に運用が開始され、退役したのは初飛行から半世紀後の1993年でした。その間741機が製造され、11か国で使われました。

影の力?飛行訓練司令部が肩入れ
ジェットプロヴォストの開発には英国空軍飛行訓練司令部(RAF Flying Training Command)の全面的支援があり、いくらプロヴォストのジェット化とは言えジェットプロヴォストを短期間に傑作練習機として完成させた影の力なんでしょうね。

攻撃機型って言っても7.7mm機銃なの
セスナT-37、ナット、ホークの例のように、ちょっと性能のいい練習機だとどのメーカーもすぐに攻撃機型を考えちゃうようです。ジェットプロヴォストからも、ご多聞にもれず、BACストライクマスター(BAC 167 Strikemaster、この頃には英国ではM&Aが進んでメーカー名がBAC社になってます)が開発されました。でも武装は第1次大戦並みの7.7mm機銃、役に立つのかいな?

パーシバルがM&Aの嵐の中で結局BACに
ハンティング・パーシバル社と言うヒコーキ・メーカー、もともとは1930年代創立のパーシバル社で練習機プロクターの、戦後は軽輸送機ペンブロークのメーカーです。その後英国航空業界のM&Aの嵐の中でBAC社の一部になり、今回の主役も最後はBACジェットプロヴォストとなりました。

ブラジル出身の後進に座を譲る
プロヴォストから初等練習機の座を引き継いだジェットプロヴォストはやがて1990年代からショート社のターボプロップ機ツカノ(ブラジルのエンブラエル社EMB-312のライセンス版)に初等練習機の座を譲ってゆきました。

ジェットプロヴォストとプロヴォストの諸元
BAC ジェットプロヴォスト T Mk. 5
乗員:2名、全長:10.36 m、全幅:10.77 m 、全高:3.10 m 、翼面積:19.80 平方m
翼面荷重:160 kg/平方m、空虚重量:2,222 kg 、全備重量:3,170 kg、最大離陸重量:4,173 kg
エンジン:アームストロング・シドレー ヴァイパー(Armstrong Siddeley Viper) Mk-202 ターボジェットエンジン、2,500 lbf (11.1 kN)
最大速度:時速708 km、航続距離:1,450 km、巡航高度:11,200 m
武装:7.7 mm) 機関銃2丁、60ポン・ドロケット弾6発、爆弾245 kg

パーシヴァル プロヴォスト T.1
乗員:2名、全長:8.73 m、全幅:10.7 m、全高:3.70 m、翼面積:19.9 平方m
翼面荷重:100 kg/平方m、空虚重量:1,523 kg、全備重量:1,995 kg
エンジン:アルヴィス レオニデス(Alvis Leonides) 9気筒 星型エンジン 550馬力×1基
最大速度:時速320 km、航続距離:1,020 km、巡航高度:7,620 m


出典:Central Flying School History
(URL: http://www.centralflyingschool.org.uk/History/History8.htm)
出典:ウィキペディア記事(和英)「BAC ジェットプロヴォスト」、「パーシヴァル プロヴォスト」、「BAC 167 ストライクマスター」、”Red Pelicans”


↓良かったらクリックをお願いします


過去の記事リストは下のイラストをクリック ↓ (日本国内と南の島の記事は「ヨーロッパの話題」にまとめています)
パリの話題minisizeREVフランス街歩きminisizeREV
ヨーロッパの話題minisizeREV生き物とちきゅうのお話minisizeREV
ヒコーキの話minisizeREVグルメ話minisizeREV
スポンサーサイト



テーマ : パリ、フランス - ジャンル : 海外情報

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する