北欧田舎空軍の翼(前編);エイプリルフールがホンものになったSAAB21(J21)

北欧田舎空軍の翼(前編);エイプリルフールがホンものになったSAAB21(J21)
~ 兄弟J22とともに無断コピーエンジンで一流空軍機に ~



【お知らせ】市民支援による日本渡来航海再現プロジェクト
一般市民の援助で「3万年前沖縄に渡来したご先祖の航海」を再現する研究プロジェクトがあります。(〆切4月12日)。以下にリンクを貼っておきます。クリックで飛びます↓
国立科学博物館新たな冒険!3万年前の航海 徹底再現プロジェクト

J21はP38と震電のハーフdownsize
(P-38と震電のハーフですか?)
「エイプリルフール」が切り拓いた一流への道
もうすぐ4月、エイプリルフールですね。今回のヒコーキ・ネタはエイプリルフールと揶揄されながらも一流空軍への道を拓いた傑作機のお話しです。





ドイツ空軍のOV10ブロンコのタキシングREVdownsize
(ドイツ空軍のOV10ブロンコのタキシング:パリ郊外la Ferte Alaisのエアショーにて)
写真がないのでお友達のフォトで・・・
ところで私はJ21に会ったことがなく写真がないので、その代わりにJ21の「仮想敵」にして好敵手、Bf109と双胴後輩のブロンコ(OV-10 Bronco)のフォトを載せています。

サーブ(SAAB)の礎を築いたJ21
SAABって言えば北欧はスウェーデンの名車メーカー、だけじゃなくてヒコーキの大会社でもありま。その伝統はサーブB17やサーブJ21などのヒコーキから始まりました(クルマじゃなくて)。

なるほどエイプリルフール特徴ありすぎのJ21
(なるほどエイプリルフール、特徴ありすぎ!のJ21)
国家存亡の危機には「トンでも設計」の双胴推進式を・・
SAAB21またはJ21と言うトンデモなデザインだけど主力戦闘機になったヒコーキをご存知ですか?
スウェーデン国家存亡の危機1941年に急きょ開発を行う国産戦闘機、なんせエンジン出力が限られているのにメッサーやフォッケ、あるいはヤク、ラグたちと張り合わなきゃいけない、さぁ、大変。


戦雲に囲まれた19941年のスウェーデン downsize
(戦雲に囲まれた1941年頃のスウェーデン)
しょぼいエンジンでメッサー、フォッケと戦うには?
思い切ったデザインしか活路はないとSAAB社が提案した日付がたまたま4月1日。提出された設計図を見て皆ボーぜん、なんと世にも珍しい双胴推進式じゃないか・・で、J21は「ホンマか?お前正気か?」と「エイプリールの戦闘機やな」とあだ名されてしまいました。

J21展示準備中らしいWikimedia Commonsよりdownsize
(J21、展示準備中らしい)
(実物フォトがないのはあんまりなのでWikimedia Commonsよりお借りしました)

単発型P-38?双胴型震電?いえJ21です
このスウェーデン版双胴震電、あるいは、単発版P38ライトニングみたいな「双胴推進式」J21はよく言えば斬新、「国家非常時にウソでしょ、こんなん」みたいなブッ飛んだ設計でした。

双胴推進式の行き着く先は「駄作っ機」?
その証拠に航空機先進国でもレシプロエンジンの双胴推進式戦闘機はみな失敗、閃電、XP54など「駄作っ機」、あるいは「悲運の名機」で終わっています。
なお、双胴推進式はレシプロエンジンゆえ難しい訳で、ジェット機ならデハビランド社のバンパイア、ベノム、シービクセンなんて言う傑作機シリーズもあります。


ただいま休憩中のグスタフことBf109G REVdownsize
(ただいま休憩中のグスタフことBf109G)
これが双胴推進式なワケ、無断コピーも使えるし
ではなんでJ21は双胴推進式なの?視界がいい、機首に重武装を積める、抵抗が少ない、推進式なら非力でも液冷エンジンが生かせる、幸いドイツ製DB605Bなら「無断コピー品」もあるし・・・など。それに幸いスウェーデンには航空機デザイナーの先駆者ウェンストローム技師がいるから彼に賭けてみようと。

破天荒、掟破りのJ21が国家プロジェクトに
もう一つJ21の革新的な点は三点着陸式。設計工作は難しくなるけどP38と同じく双胴ならこの形式しかないので。ずいぶんな破天荒で掟破りの計画ながらJ21は国家プロジェクトとなりました。
手さぐりも含めて大変な苦労、試行錯誤の末、「エイプリルフールの戦闘機」J21は1943年無事初飛行。


Bf109のコックピットでかっこよくポーズのオジさんdownsize
(Bf109のコックピットでかっこよくポーズのオジさん:パリ郊外エアショーでの出待ち)
「瓢箪から駒」、J21は一流高性能機だった
飛んでみるとなかなかの性能で安定性や操縦性も良いと「瓢箪から駒」、一転して「期待の星」となりました。以下諸元を見ても1500馬力弱でタイフーン並みの640km/時と田舎空軍とは思えない高性能機です。P-51ムスタングは1700馬力で700km/時超えですけど、これは別格として・・・。

J21諸元(J21A-1)
乗員:1名
寸法:全長:10.45 m、全幅:11.6 m、全高:3.96 m
翼面積:22.2 平方m
空虚重量:3,250 kg、運用時重量:4,150 kg
エンジン:ダイムラー・ベンツ DB 605 液冷倒立V型12気筒 1,475 hp×1
最大速度:640 km/h
航続距離:1,190 km
実用上昇限度:11,800 m
武装:13.2mm機銃×4(機首2、主翼2)、20mm機関砲×1(機首)


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生産能力未熟で「遅かりし由良之助」
でも悲しいかな生産能力が当時まだ未熟でJ21が就役できたのは戦後、生産も少数となりましたけどね。ところで推進式には1つ利点がある、ジェットエンジンに簡単に換装できる機体構造なんです。J21にデハビランド社ジェットエンジンを載せたジェット版J21Rが開発されましたが短命で終わりました。

J21こそスウェーデン戦闘機の伝統事始め
スイスと並んで、それ以上に武装中立が国是のスウェーデンでは今に至るまで戦闘機も自分で開発、生産して防空に使っています。そのスウェーデンでランセン、ドラケン、ビゲン、グリペンなど一流の傑作ジェット戦闘機を一手に開発、生産してきたのがSAAB社です。J21こそ兄弟分J22と並んでその伝統の事始めでした。

ヒコーキで食えないSAABが小型車で飛躍
戦後ながらまだ冷戦以前、SAAB社はヒコーキの大量受注が望めなくなり、小型車市場に打って出ます。これが大成功、今日のサーブ車の伝統に繋がります。少し前ですがバイオの商談展示会にもSAAB社は進出していましたし、進取の気質のある会社なんですね。

手始めに米国機をライセンス生産
SAAB社の歴史はその前身、空軍機を自前で生産するために国が設立したASJ社創立の1930年に始まりますから、国営航空機会社のようなものです。
初めから自社設計は無理なのでノースアメリカンNA-16練習機(後のテキサン)、ノースロップ8A攻撃機など米国機、ユンカースJu86爆撃機などドイツ機をライセンス生産(ちゃんとライセンス料を払って)しました。


戦争中に自国開発機を就役させたスウェーデン
やがて力もつき、多用途機SAAB17をスウェーデン初の自国開発機として生産し1942年から就役させました。こういう伏線がJ21とJ22の誕生に役立ったようです。
SAAB戦闘機の開発史はこんなにドラマチックなんです。小国の気概を感じますね。


出典:「北欧空戦史」中山雅洋氏著(1982年、㈱朝日ソノラマ)
出典:AIR COMBAT誌 1990年No13 P.60 “SAAB21” (文林堂)


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