「イギリスが一番」は遠い日の夢 ブレニム一家の「風立ちぬ」

「イギリスが一番」は遠い日の夢 ブレニム一家の「風立ちぬ」

ダックスフォードIWM博物館でレストア待ちのブレニムIV downsize
(ダックスフォードIWM博物館でレストア待ちのブレニムIV)
頑張ってるのにスターになれないブリストルのヒコーキ
いいヒコーキだったのにあまり顧みられていないヒコーキには“判官びいき”的な親近感があり、今回またもマイナーでマニアックな記事を書いています。

ブレニム I型 迷彩図downsize
(当時としてはスマートだったブレニムI型)

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出典その1downsize
(今回記事の出典その1)
「華麗なるブレニム」のデビュー
「RAFの96式軽爆」(日本流に言うなら“重爆”とか“陸攻”か)ことブリストル・ブレニム(Bristol Blenheim)の出自は華やかなものでした、シュナイダーレース覇者の血筋であるスピットほどではないにせよ。

RAF博物館のボーフォートはツインワスプ装備のII型downsize
(RAF博物館のボーフォートはツインワスプ装備のII型)
一番速いヒコーキ作ってみて♪
大戦間のノー天気な時代に「ヨーロッパ一早いビジネス機を作ってみてね」と貴族ロザーミア卿にせがまれブリストル社が製作したのが「ブリテンファースト('Britain First)」、つまり“イギリスが一番だぜ”と言うなんとも“夢見る名前”のブレニムの前身です。

ボーフォートMkI 下面図
(本物の“陸攻”こと雷撃機になった「二代目」ボーフォート)
フランスでは「斬られ役」
でも現実は厳しく複葉戦闘機よりいっとき速かったRAF新鋭軽爆ブレニムはすぐさま、同僚バトル軽爆とともに、ルフトバッフェ戦闘機よりもしっかり遅い脆弱な餌としてバトルオブフランスでは“斬られ役”になってしまいました。

出典その2downsize
(今回記事の出典その2)
基本性能の良さがエースを育む
で、ここからがブレニム一家の健気な奮闘の始まり、そしてリベンジ物語への序章となります。のちに”Wooden Wonder”こと奇跡のヒコーキ、モスキート(de Havilland Mosquito)を操ったエースとなるエドワード(Edwards)たちや、その後モスキート最初の部隊となる105,139中隊たちは、最早遅すぎるけれど依然軽快なブレニムを駆ってドーバーを越え低空奇襲を繰り返します、のちのモスキート隊のように。やはりブレニムのデザインは秀逸だったのです。
ブレニムIVの左右非対称の機首REVdownsize
(コンパクトで左右非対称のブレニムIVの操縦席)

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この角度が一番逞しいBeauことボーファイター(RAF博物館)downsize
(この角度が一番逞しいBeauことボーファイター(RAF博物館))
“The Other Few”が英国の危機を救う
あまり知られていませんが、実はバトルオブブリテンを惹き起こした元凶であるドイツの英国侵攻「アシカ(Seelowe)作戦」を頓挫させた大きな要因の1つがフランス沿岸の上陸舟艇へのブレニムなどRAF爆撃隊の阻止爆撃だったのです。
白黒ストライプが良く似合うボーの後ろ姿downsize
(白黒ストライプが良く似合うボーの後ろ姿)

ボーファイターTFX型迷彩図downsize
(ブレニム一家の決定版ボーことBeaufighter、これは戦闘雷撃機TFX型)
チャーチル名演説の影に隠れて・・
1940年夏バトルオブブリテン天王山のルフトバッフェ大空襲を撃退した大勝利後8月20日のチャーチル首相の有名な演説”Never in the field of human conflict so much owed by so many to so few.”(未だかって人類の闘争の場でかくも多くの人がかくも多くのおかげをかくも少数の者に負ったことはない)はRAF戦闘機隊への賛辞ですが、同じく多大な損害を出しながら独軍上陸を阻止したRAF爆撃隊の隠れた貢献もありました。それを“The Other Few”と題して紹介している本があります。その主役の一人、ブレニムがフランスでの仇を返したのは地味すぎてあまり知られていません。
“The Other Few” 2004年 Larry Donnelly氏著 (Red Kite出版)

ボーファイター実物のスケレトンモデルこれは夜戦NFIF型(RAF博物館)downsize
(ボーファイター実物のスケレトンモデルこれは夜戦NFIF型(RAF博物館))
ブレニムは英国の96式「風立ちぬ」
さて日本の飛行機の中でブレニムの“同級生”を探すと、「風立ちぬ」でも“出演”した本庄さん設計の96式陸攻になります。ブレニムが一回り小ぶり軽めながら意外や両者の緒元(Specifications)は結構似ているのです(さすがに翼長や航続距離は違いますが)。
その後、97式重爆、99式双軽、100式重爆と続きますが、一式陸攻は別として今一つ皆ツン抜けなかったのも、ボーファイター(Beaufighter)以外は振るわなかったブリストル機に似てますね。


性能比較表
(緒元比較をしてみると・・)
互いに良く似た民間機からのデビュー
ブレニムはアジアでも緒戦でゼロ戦にボコボコにされます、そりゃそうだ、96式陸攻が二流中国戦闘機にバタバタ墜とされるくらいだもの。ブレニムは軽めに作った「陸攻」なのです。96式陸攻の前身は日本航空技術が欧米に追いついた記念すべき「日本号」であることも、「ブリテンファースト」から生まれたブレニムと出自が似てますね。

ブレニム一家
(ブレニム一家の栄枯盛衰)
フクザツなブレニム一家の系譜
爆撃機から雷撃機、更に戦闘機、雷撃機に先祖がえり・・で終わるはずがまた爆撃機・・・と。これブレニム一家の足跡なんです。ブレニムを雷撃機にしてみたボーフォート、それをスリム?な双発戦闘機にしたボーファイター、それがまたX型では魚雷を抱いた戦闘雷撃機になりました。これを再び軽爆にしたのがブリガンドです、あーヤヤコシ。

ブリストル機の職場を奪ったWooden WonderことモスキートこれはB35型downsize
(ブリストル機の職場を奪ったWooden Wonderことモスキート、これはB35型)
ブリストル社から全てを奪った”Wooden Wonder”モスキート
ブリストル社期待のブレニム後継機、バッキンガム(Buckingham)は突然現れた”Wooden Wonder”ことモスキート軽爆には性能でめちゃ負け、岡部さんの「駄作っ機」リストに入ってしまいました。
RAF夜戦第1号はブレニム1Fだったし、夜戦本命としてデビューしたBeau(ボー)ことボーファイターでしたがモスキートに主役の座を奪われます、性能が違い過ぎて。


レストア中だからみられるブレニム操縦席の貴重なショットdownsize
(レストア中だからみられるブレニム操縦席の貴重なショット)
後から来たライバルに映画の主役まで取られたボー(Beau)
ボーのStrike Wingはビスケー湾やフィヨルドのドイツ艦船、U-ボート狩りで勇名を馳せます。でもモスキートの機数に余裕が出てくるとStrike Wingにまで進出してきて、その上、映画「633爆撃隊」では主役なんかもやっちゃって、可哀そうにボーの影はすっかり薄くなりました。

ボーが装備したパワフルなハーキュリーズXIVエンジンdownsize
(ボーが装備したパワフルなハーキュリーズXIVエンジン)
エリート(ホーネット)に辛い現場は二流(ブリガンド)が行きます!
この因縁まだ終わりません。戦後、現在のマレーシアが英国から晴れて独立する途上で共産ゲリラが猛威を振るった時期がありました。RAFはモスキートの正当後継者のエリート・ヒコーキ、ホーネット(Hornet)を送りますが、高温多湿で泥臭い現場には不向き。じゃ、てことで二流の性能だけど逞しいボーの後継者ブリガンド(Brigand)に交替、ブリガンドはじみちに働き、ブレニム一家の幕降ろしでやっと一矢を報いました。

出典: 今回はすべてロンドンで買ったヒコーキの原著です。
“Attack” 2003年 Victor Bingham氏著 (J&KH Publishing出版)
“The Other Few” 2004年 Larry Donnelly氏著 (Red Kite出版)
“The Strike Wings” 1995年 Roy Conyers Nesbit氏著 (HMSO出版) (復刻版、初版は1984年)
“The Armed Rovers” 1995年 Roy Conyers Nesbit氏著 (Airlife Publishing出版)
“The Bristol Beaufighter” 2002年 Richard A. Franks氏著 (SAM Publications出版)
“Blenheim Squadrons of World War 2/ Osprey Combat Aircraft 5” 1998年 Jon Lake氏著 (Osprey Publishing出版)


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コメント

Re: 読んじゃいました

lakme様、いつもありがとうございます。ヒコーキおたくのマニアック記事なのにlakmeさんに「読んじゃって」もらってとてもうれしいやら、申し訳なく恥ずかしいやら・・です。ご主人もヒコーキ好きなんですね、重ねてうれしいです。私のヒコーキ好きも飛べないからかも知れません。

> ヒコーキの熱狂的ファンとういわけではないのに、読んでしまいました。うちの旦那は、飛行機に乗るたびに、パーツの説明してくれるんですけどね。わかったようなわからないような。。。でも、飛行機がとても好きという気持ちは、素直に理解できます。何しろ、人間、飛べませんから。

読んじゃいました

ヒコーキの熱狂的ファンとういわけではないのに、読んでしまいました。うちの旦那は、飛行機に乗るたびに、パーツの説明してくれるんですけどね。わかったようなわからないような。。。でも、飛行機がとても好きという気持ちは、素直に理解できます。何しろ、人間、飛べませんから。

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Re: No title

エヌエフ様、いつもありがとうございます。マニアックな記事にまでコメントうれしいです。大戦間の全機属性化、単葉化などで雨後の竹の子のような新興航空機メーカーが個性あり過ぎヒコーキをたくさん作りましたが、その頃のフンイ気が好きで、ブレニムを書いてみました。

> おはようございます。
> ヒコーキに関するとてもマニアックな記事、いつも楽しませていただいてます。
> 私のヒコーキ大好き少年だった時代を今思いだすと、なんと上っ面な知識で満足していたものか^^;
> ブレニムという名も知りませんでしたし、ボーファイターは良く知っているつもりでもその姿はほとんど忘れてしまっました^^;
> でも日本の96陸攻とか99双軽の名を連ねながらのお話は「なるほどねぇ」と思いながら楽しませていただきました。
> Kenjiさんのこうした楽しいお話、これからもよろしくお願いします♪

No title

おはようございます。
ヒコーキに関するとてもマニアックな記事、いつも楽しませていただいてます。
私のヒコーキ大好き少年だった時代を今思いだすと、なんと上っ面な知識で満足していたものか^^;
ブレニムという名も知りませんでしたし、ボーファイターは良く知っているつもりでもその姿はほとんど忘れてしまっました^^;
でも日本の96陸攻とか99双軽の名を連ねながらのお話は「なるほどねぇ」と思いながら楽しませていただきました。
Kenjiさんのこうした楽しいお話、これからもよろしくお願いします♪
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