脳が創り出す「マトリックス」な世界 + 南仏の赤い村ルシヨン

脳が創り出す「マトリックス」な世界 + 南仏の赤い村ルシヨン
赤壁の村ルシヨン(Rousillon)downsize
(赤壁の村ルシヨン(Rousillon))
僕たちは「マトリックス」な世界に生きている
僕の意識が今知覚している“現実”は、実は僕の無意識が「空間的編集」と「時間的編集」を行ったヴァーチャルなフィクション。映画「マトリックス」のように、あまりによくできているから、騙されていても分からない・・と言うサイエンエンス小ネタです。

タイムスリップしたような南仏の赤い村ルシヨン
ルシヨンの赤い鐘楼downsize
(ルシヨン村の赤い鐘楼)
「マトリックス」なお話につき、時が止まったような古いフランスの村の面影を残す赤壁が有名な南仏プロヴァンスのルシヨン(Rousillon)のほか、リルシュルラソルグ(L'isles sue la Sorgue)、セナンク修道院(Abbaye de Senanques)などリュベロン地方の未紹介写真を添えています。
ルシヨンなどリュベロン地方の過去記事はここをクリック↓
プロヴァンス鷹ノ巣村「フランスで一番美しい」黄金のゴルドと茜のルシヨン





3D世界を2Dで捉え3Dに再現
《3D外界→2D網膜→3D脳内ヴァーチャル》
僕たちは平面で立体を見ている
3Dの外界を網膜と言う2D平面で感じ取って脳で立体的に3D理解するには当然編集が必要です。編集には「遠近法」などの「約束ごと」(幾何学などの)が使われます。だから平面の絵や写真でも奥行のある風景として見ることができます。

山の端の月は大きく見える錯視
《山の端の月が大きく見える錯視》
視覚はすべて錯視
2Dから3Dを編集する「約束ごと」を少し破ってやると錯視が起こります。錯視図形でなくても、例えば、月は中天にあるときより山の端の月の方が大きく見えますよね、これも錯視。と言うより、もう一つの意識できない視覚は別として、意識できる視覚は大なり小なり錯視だそうです。
意識できない視覚の過去記事はここをクリック↓
脳は多党民主制、意識は脳テンキCEOその1+ブリュッセルのグルメ

ルシヨン村の入口に立つdownsize
(ルシヨン村の入口に立つと赤い世界が広がる)
盲点が見えますか?
網膜の真ん中は視神経が通っていて視細胞がなく何も見えません、だから盲点・・・なんだけど、今見ている視野の真ん中に穴が空いていることはなく滑らかに連続した風景として見えますね。この穴(30cmの距離なら2.5mm)を脳が画面編集して埋めているから。これが無意識の空間的編集です。(片目をつぶっても盲点は感じないので両眼視による補正でもないのです)
ご興味あれば「続きを読む」をクリックください

夕暮れのセナンク修道院(Abbaye de Senanques)とラベンダー畑downsize
(夕暮れのセナンク修道院(Abbaye de Senanques)とラベンダー畑)
動かそうと思う前に「動け」の指令が出ている
ランプが順番に点滅するのを見ながら被験者に「指を動かしたい」ときに指を動かしてもらいどのランプだったか聞くことでタイミングを知ります。同時に脳の各部位の発火(神経興奮)を測ったところ、指(の筋肉)への運動指令(神経発火)がおこってから0.35秒後に「指を動かそう」と意識したことが分りました(UCLAのリベット博士の実験)。「思う」前に無意識が指令を出してしまうと言うことです。

ルシヨン村の小さな教会downsize
(ルシヨン村の小さな教会)
無意識によるデータ改ざん
でも尋ねると「指をうごかそうとしてから指が動いた」と言う答え。記憶の中で起こった順番を変える、これが無意識による時間的編集作業です。何だかとどこかのお役所みたい・・・。

リルシュルラソルグ(Lisles sur ka Sorgue)の水車downsize
(リルシュルラソルグ(Lisles sur ka Sorgue)の大水車)
だから「瞬時に分る」はウソです
視覚、聴覚で像や振動を感じて脳に送り文字や言葉を判定しその意味を記憶から呼び出すまでに0.何秒かかる。でも見聞きした瞬間に意味が分かる・・・ような気がする。

ひときわ赤壁が鮮やかなルシヨンの家downsize
(ひときわ赤壁が鮮やかなルシヨンの家)
ボールを打ってから球種が分る
眼に投手の投球動作が見えたら無意識部下が取りあえずボールを打っておいてから投手の球種の解析結果が意識CEOに上がってくる。で、試合後インタビューでは「スライダーがちょっと甘く入るのが“見えた”から思い切り振りましたよ」・・・なぁ~んて

マトリックスなジントニック
初夏の夕暮れ、行きつけのバーカウンター、ジントニックを飲み干す至福のとき。
視覚は泡立つ煌めきを、聴覚は小さな弾ける音を、触覚は冷えたグラスを、味覚は芳醇な味を、嗅覚はジンとライムの香りを・・・バーで過ごすひとときのシアワセ感をボクの脳は「外から」感じているハズ・・・?これも脳が創り出す映画「マトリックス」のような幻想、イリュージョンです


物理化学分析じゃ無味乾燥
でもこれを、明るさ(電磁波強度)、温度、振動数、糖度、アルコール濃度、フレーバー組成、表面の平滑度など、物理化学的データとして分析したんじゃ無味乾燥ですよね。

「マトリックス」は芸術の源
このような「マトリックス」な幻想を感じることがなければ、俳句、詩、絵画、音楽、小説など芸術も生まれないでしょうね。だから無意識部下の「マトリックス支配」に身をゆだねている方がシアワセなんですよ、多分。
3番目の出典「錯覚の世界」は錯覚の絵や図の例がたくさん載っていて楽しいですよ。いつかまた詳しくご紹介したいです。

ゴルドとルシヨンの地図
(ルシヨンの地図)

出典: “On Being Certain; Believing You Are Right Even When You’re Not” 「確信する脳; 『知っている』とはどういうことか」 2008年 Robert A. Burton氏著、岩坂彰氏訳(2010年 河出書房新社)
出典: 「脳はなぜ「心」を作ったのか―「私」の謎を解く受動意識仮説」2004年 前野隆司氏著、筑摩書房
出典: 「錯覚する脳―「おいしい」も「痛い」も幻想だった」2007年 前野隆司氏著、筑摩書房
出典: 「錯覚の世界」”La Science des Illusions” 1998年 Jacques Ninio氏著、 鈴木光太郎氏、向井智子氏共訳(2004年 新曜社)


あとがき、あるいは言い訳
著者の前野氏、Burton氏は共に、心、意識、自分と言う感覚、自我などは脳内の神経ネットワークの発火状態であり、脳が創り出すイリュージョンに過ぎない、そしていつかの日か、心は科学の研究対象になる、と言う立場です。僕もこれに感覚的には与するのですが、拙ブログのサイエンス小ネタは客観的な証拠の範囲に限って面白そうな話題をご紹介しようと言うものなので、これらには触れていません。まだ心の問題は哲学の領域に留まっているようなので・・・。著書を紹介するなら本当は著者の一番大事な主張には言及するべきなのです。その意味では著者の方々には大変失礼なことなのですが、拙ブログの立場をご容赦をいただければと思う次第です。やっぱり言い訳ですよね。

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コメント

Re: こんにちは

バーソ様、コメントありがとうございます。過分のおほめ恐縮です。ヒコーキと生き物がお好きとは、お仲間に会えた気分でとてもうれしいです。ところでバーソさんのブログ、小粋でスパイスが効いていますね。バーソさんのようにもう少しコンパクトに記事を書かねば・・・と思う次第です。

> はじめまして。バーソと申します。
> こちら様は、お洒落で、知的で、ナイスなブログですねー。
> シックなフランスの写真に、小粋なサイエンス記事。
> わたしは、プロペラ飛行機や生物の話が大好きなんです。
> 意識・無意識の話も大いに関心があります。
> ・脳が創り出す「マトリックス」な世界+南仏の赤い村ルシヨン、
> ・脳は多党民主制、意識は脳テンキCEOその1+ブリュッセルのグルメ、
> などなど・・・実に興味深く読ませていただきました。
> また必ず訪問させていただきますね。^^)/

こんにちは

はじめまして。バーソと申します。
こちら様は、お洒落で、知的で、ナイスなブログですねー。
シックなフランスの写真に、小粋なサイエンス記事。
わたしは、プロペラ飛行機や生物の話が大好きなんです。
意識・無意識の話も大いに関心があります。
・脳が創り出す「マトリックス」な世界+南仏の赤い村ルシヨン、
・脳は多党民主制、意識は脳テンキCEOその1+ブリュッセルのグルメ、
などなど・・・実に興味深く読ませていただきました。
また必ず訪問させていただきますね。^^)/

Re: No title

zen様、いつもありがとうございます。その通りですね。zenさんの写真で弾けている子どもたちは素晴らしいです。どこかに置いてきてしまった子どもの頃のフシギやわくわく、を想い出したくてこんなサイエンス小ネタを書いているのかも知れません

> 子どもたちの視線でモノを見ると
> また別の世界観があり
> 子どもと同じモノを見ているのに
> 子どもに感想を聞くと自分の考えとは
> まったく違った答えが返ってくることがあります。
> 大人になるにつれていろんな情報が邪魔をし
> 本来あるべきものが見えなくなっているのかもですね。
> そう思うと映画マトリックスの話も
> まんざら作り話じゃないのかもと思ってしまいます(笑)

No title

子どもたちの視線でモノを見ると
また別の世界観があり
子どもと同じモノを見ているのに
子どもに感想を聞くと自分の考えとは
まったく違った答えが返ってくることがあります。
大人になるにつれていろんな情報が邪魔をし
本来あるべきものが見えなくなっているのかもですね。
そう思うと映画マトリックスの話も
まんざら作り話じゃないのかもと思ってしまいます(笑)
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